最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)84号 判決 1985年9月12日
上告人
宮下孝介
右訴訟代理人
坂田治吉
右訴訟復代理人
山本耕幹
大谷季義
楠瀬正淳
被上告人
伊藤三郎
被上告人
川崎市
右代表者市長
伊藤三郎
右両名訴訟代理人
堀家嘉郎
山本博
小池貞夫
松崎勝
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人坂田治吉の上告理由第一ないし第三について
一原審が適法に確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。
1 川崎市港湾局管理部長小島雷太(以下「小島」という。)は、昭和四九年一一月二六日、昭和四八年八月八日ころに時価八万円相当のガスライター一個を収賄し同年一二月ころに二〇万円相当のデパートギフト券を収賄したとの容疑で、川崎警察署に逮捕された。
2 被上告人伊藤三郎は、川崎市長として、昭和四九月一一月三〇日、地方公務員法二八条一項三号の規定に基づき、小島に対し、「その職に必要な適格性を欠く」として分限免職処分(以下「本件分限免職処分」という。)を発令した。本件分限免職処分当時において、川崎市当局に判明していた小島の非違行為は、右の収賄事実のみであつた。
3 小島は、昭和四九年一二月九日、川崎市に対し、川崎市職員退職手当支給条例(以下「本件条例」という。)に基づく退職手当の請求を行い、本件条例三条所定額の退職手当として、同月二一日に六六九万五〇〇〇円、昭和五〇年二月二七日に一一〇万円五〇〇〇円(給与改定による差額)、合計七八〇万円(以下「本件退職手当」という。)の支給を受けた。右の昭和四九年一二月二一日の支給については、被上告人伊藤三郎が退職手当の金額を六六九万五〇〇〇円とする旨の退職手当裁定を決裁し、昭和五〇年二月二七日の支給については、同市職員局長が同被上告人に代わつて退職手当裁定を決裁し、いずれの支給についても、同局給与課長が支出命令をし、同市収入役が支払をした。
4 小島は、昭和四九年一二月一七日に前記の収賄事実で起訴され、次いで同月二八日に別件の収賄事実で追起訴され、更に昭和五〇年一月三〇日には毎月二〇万円あて一五回にわたり合計三〇〇万円の金員を収賄したとの事実で追起訴され、同年七月一五日、横浜地方裁判所川崎支部において、公訴事実の全部につき懲役二年、執行猶予四年の有罪判決を受け、右判決はそのころ確定した。
二本件退職手当は右のとおり二回に分けて支給されているものの、二回目の支給は給与改定による差額分で一回目の支給を基礎として自動的になされるものであるところ、被上告人伊藤三郎は、川崎市長として、一回目の支給につきその金額を決定する退職手当裁定を自ら行つており、本件退職手当の支給に直接関与したものというべきである。
三ところで、上告人は、本件退職手当の支給の違法理由として、本件分限免職処分の違法を主張する。地方自治法二四二条の二の住民訴訟の対象が普通地方公共団体の執行機関又は職員の違法な財務会計上の行為又は怠る事実に限られることは、同条の規定に照らして明らかであるが、右の行為が違法となるのは、単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけではなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合の財務会計上の行為もまた、違法となるのである(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号同五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁参照)。そして、本件条例の下においては、分限免職処分がなされれば当然に所定額の退職手当が支給されることとなつており、本件分限免職処分は本件退職手当の支給の直接の原因をなすものというべきであるから、前者が違法であれば後者も当然に違法となるものと解するのが相当である。
四そこで、本件分限免職処分を発令したことに違法性が存するかどうかを検討するに、前記のガスライター及びデパートギフト券を収賄した小島は、地方公務員法二八条一項三号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当すると認められるから、本件分限免職処分は、同条項所定の要件を具備しているということができる。
もつとも、本件条例によれば、懲戒免職処分を受けた職員に対しては退職手当を支給しないこととされているから、小島を懲戒免職処分に付することなく本件分限免職処分を発令したことの適否を判断する必要があるところ、前記のガスライター及びデパートギフト券の収賄事実が地方公務員法二九条一項所定の懲戒事由にも該当することは明らかであるが、職員に懲戒事由が存する場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分をするときにいかなる処分を選ぶかは、任命権者の裁量にゆだねられていること(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)にかんがみれば、上告人の原審における主張事実を考慮にいれたとしても、右の収賄事実のみが判明していた段階において、小島を懲戒免職処分に付さなかつたことが違法であるとまで認めることは困難であるといわざるを得ない。
また、本件分限免職処分発令後の経過に照らすと、本件分限免職処分が時期尚早の処分ではなかつたかとの疑いをいれる余地がないとはいえず、その当不当が問題となり得ようが、本件分限免職処分の発令の段階でその後における事態の進展を予測することには相当の不確実性が伴うばかりでなく、分限処分の発令時期についても任命権者が裁量権を有しており、不適格な職員を早期に公務から排除して公務の適正な運営を回復するという要請にもこたえる必要のあることを考慮すると、発令時期の面から本件分限免職処分が違法であるとすることもできない。
さらに、本件分限免職処分の発令後において、前記のとおり、小島はガスライター及びデパートギフト券の収賄事実で起訴されたほか、別件の収賄事実で二回にわたり追起訴されるという事態が発生したわけであるが、別件の収賄事実が上告人の原審における主張のように小島に対する本件退職手当の支払前に判明したとしても、本件分限免職処分の発令により小島の川崎市職員としての身分が既に剥奪されていることに照らせば、別件の収賄事実が判明した段階で本件分限免職処分を取り消さなかつたことが違法であるということはできない。
五以上のとおり、本件分限免職処分を発令したこと及びこれを取り消さなかつたことが違法とはいえないから、本件退職手当の支給もこれを違法とすることはできないものといわざるを得ない。したがつて、本件退職手当の支給に違法がないとした原審の判断は、その過程に上記説示と見解を異にする点はあるが、結論において正当である。論旨は、判決の結論に影響を及ぼさない点をとらえて原判決を論難するか、又は上記説示と異なる見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。
同第四について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものであつて、採用することはできない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官角田禮次郎 裁判官谷口正孝 裁判官和田誠一 裁判官矢口洪一 裁判官髙島益郎)
上告代理人坂田治吉の上告理由<省略>